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特定非営利活動法人 ビルメロの会
ビルマへの誘い
新しい動き イノベーション
軍事政権時代は、5人以上の集会は、禁止。外人と提携してする活動は、禁止されていました。2000年来継続してきた月例会議は、物置小屋であったり絶対に信頼の置ける支援者の自宅だあったりしました。寺子屋の教師達は、3355集まり、3355帰って行きました。寺子屋を訪問していた日本人が,秘密警察に拘束されて連れ出され、尋問を受けたこともありました。
私たちは、現地人に累が及ぶことを恐れて、静かにひっそりと苦しんでいる人々に寄り添って活動を続けてきました。
しかし、民政移管してからは、社会状況が少しずつ変化してました。
2014年、Dr.ティンサンウーのクリニックでの日緬合同会議で問題提起して以来、繰り返し繰り返し“尊厳と自立”をテーマにして話し合いを続けてきました。
2017年5月、オカラッパ事務所での日緬合同会議でようやく方向性が定まりました。2014年に訪日したバフーさんが強烈な印象を受けた斐太農林高校での体験を話して、教師たち皆が合意したものでした。
斐太農林高校では、生徒たちが実習したものを製品化販売していました。バフーさんは、「あのような高校を作りたい」と言いました。それが、自身の生徒たちの自立の道だと考えたのでしょうl。
私たちは、現地の要望を理解し、応援しながら日緬が対等な互恵関係を構築する道を模索しています。細いけれども長いビルメロの歴史を真なる友好関係に完成発展させたいと考えているのです。
夢をかたちに
2018年8月
中央アフリカの首都であるバギーに国連の職員として赴任されているニラーさんがこの農場4エーカーの内2エーカーを無償で貸してくださることになりました。
ニラーさんは、私たちのミーティングに参加されたこともあり、寺子屋で子供たちを教えてくださったこともあります。ここで、子供たち、先生たち、そして日本人たちと一緒に活動するのが夢だといわれます。私たちも同じ気持ちです。
夢が広がります。ニラーさんのお陰で、夢が一つの形になりました。11月には、日本から大勢で出かけましょう。皆で草を引いたり、マンゴーの木を植えたりいたしましょう。
お土産にといただきましたが、日本へ持って帰ることはできません。バナナとライム。
マンゴーとパイナップルの
ジャムとゼリーを作りました。
2018年8月1日 オカラッパ事務所にて
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